

こんにちは。
前回は、父の孤独死を通して学んだ「後悔と愛」についてお話ししました。
今回は、難病を抱えていた母との突然の別れについて書いてみたいと思います。
母の病気については、これまでの記事でも触れてきました。
だからこそ、どこかで私は覚悟をしていたつもりでした。
けれど実際にその時が訪いた時、私は気づいたのです。
覚悟していることと、受け入れられることは違うのだと。
もし今、
・大切な人を亡くした悲しみを抱えている
・喪失感から抜け出せない
・前を向かなければと思うのに苦しい
・悲しみとの向き合い方がわからない
そんな想いを抱えている方がいたら、このお話が少しでも心をゆるめる時間になれば嬉しく思います。
目次
母は難病を患っていました。
病気とともに生きる日々は、決して簡単なものではありませんでした。
心配することもありました。
不安になることもありました。
だから私は、
「いつかその日が来るかもしれない」
と考えていたのです。
けれど、その考えと現実はまったく別のものでした。
実際に母が突然旅立った時、私の心は何も準備ができていませんでした。
もっと話したかった。
もっと一緒にいたかった。
もっと伝えたいことがあった。
そんな想いがあふれてきました。
人は大切な人を失った時、
まず悲しみがやってくると思っていました。
けれど私の場合は違いました。
最初に感じたのは喪失感でした。
もう電話はかかってこない。
もう声を聞けない。
もう会えない。
その現実が少しずつ心に入り込んできたのです。
当たり前にあった存在がなくなるということ。
それは想像以上に大きなことでした。
どんなに時間が経っても、ふとした瞬間に思い出します。
「この話を母に聞いてほしかったな」
そんなことが何度もありました。
母を失った後の私は、
早く元気にならなければと思っていました。
周りに心配をかけたくない。
いつまでも泣いていてはいけない。
前を向かなければ。
そう思っていたのです。
でも、本当は無理でした。
悲しいものは悲しい。
寂しいものは寂しい。
会いたいものは会いたい。
その気持ちは簡単には消えません。
当時の私は、悲しみを乗り越えようとしていました。
でも今ならわかります。
悲しみは乗り越えるものではなく、一緒に生きていくものだったのです。
母を亡くしてしばらくした頃。
私はよく空を見上げていました。
特に夕暮れ時が好きになりました。
夕暮れには少し不思議な時間があります。
昼が終わる時間。
でも夜が始まる時間でもあります。
終わりのようでいて、次の始まりでもある。
その景色を見ながら、私は少しずつ考えるようになりました。
別れも同じなのかもしれない。
命には終わりがある。
けれど愛した記憶まで消えるわけではない。
一緒に過ごした時間がなくなるわけでもない。
大切な人がくれたものは、今も私の中に生き続けている。
そんなふうに感じるようになったのです。
深い悲しみの中にいる時、
大きな希望は見つかりません。
「頑張ろう」
そう思うことさえ難しい時があります。
でも、小さな光はありました。
母との思い出。
母からもらった言葉。
母から受け取った愛情。
そして支えてくれた人たちの優しさ。
それらは決して悲しみを消してくれるものではありませんでした。
けれど、暗い森を歩く私の足元を照らしてくれる灯りになってくれました。
私はその灯りを、妖精の光のように感じています。
静かで優しくて、決して派手ではない光。
でも確かにそこにあって、
「大丈夫だよ」
と語りかけてくれるような光です。
母を失って気づいたことがあります。
人が残していくものは、物だけではありません。
生き方。
優しさ。
言葉。
ぬくもり。
そうしたものは、目には見えなくても受け継がれていきます。
母は私にたくさんのものを残してくれました。
苦しい時にも前を向こうとする強さ。
人を思いやる優しさ。
そして、
今ある時間を大切に生きること。
私は今も、その教えに支えられています。
母との別れを通して、私は何度も自分の心と向き合いました。
悲しい自分。
寂しい自分。
弱い自分。
何もできない自分。
以前の私は、そんな自分を認めることができませんでした。
でも、母を失ったことで学んだのです。
どんな感情も否定しなくていい。
どんな自分も置き去りにしなくていい。
光だけではなく、影も大切な自分の一部なのだと。
悲しみの中で、自分の本音に寄り添う。
それもまた、自分回帰なのだと思います。
本来の自分へ還る道は、いつも明るい道ばかりではありません。
時には涙の中を歩くこともあります。
でもその時間にも意味がある。
私は今、そう感じています。
もし今、
大切な人との別れに苦しんでいる方がいたら。
悲しみがなかなか癒えずにいる方がいたら。
どうか無理に前を向こうとしないでください。
泣きたい時は泣いていい。
会いたいと思っていい。
寂しいと思っていい。
その気持ちを否定しなくて大丈夫です。
悲しみは、愛した証でもあります。
そして、その悲しみの奥には、必ず愛があります。
あなたの中に残っている大切な記憶は、これからもあなたを支えてくれるはずです。
夕暮れの空がそうであるように。
終わりのように見える景色の向こうにも、新しい光は静かに待っています。
次回は、夫の事故を通して学んだ「当たり前の日常の尊さ」についてお話ししたいと思います。
・大切な人を亡くした悲しみがある
・喪失感から抜け出せない
・自分を責めてしまう
・人生の方向性がわからない
・生きづらさを感じている
・頑張っているのに苦しい
・自分らしく生きたい
・本来の自分を知りたい
私の鑑定では、オラクルカードを使いながら、光と影の両方を受け入れ、本来のあなたへ還るためのお手伝いをしています。
ひとりでは抱えきれない想いがある時は、どうぞ安心してお話しください。